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あの笑顔が見たいから

あの笑顔が見たいから

Y.Aさん 生活支援員

 

●様々な仕事を経験

 

さんは入社してまだ3か月の生活支援員です。

高速道路や急斜面、緑化困難な場所を緑化する環境再生の会社、自然食品の店の店長を経て、

Yさんが始めて福祉の仕事に就いたのが児童養護施設でした。

勤めていた自然食品の店が倒産の危機に陥り、長年頭の隅にあった福祉の仕事に携わろうと決意。

専門学校で1年間学び、社会福祉士の資格を取得。

念願がかない、児童養護施設の職員として就職しました。

 

●壮絶な福祉の現場

施設では、24時間体制で食事を作りながら子ども達の世話をする毎日でした。

児童相談所から保護を求めて送られて来る子ども達の大半の理由は親による虐待だそうで、

親に虐げられて育った子ども達が初めて施設にやって来た時、

多くの子どもが無表情だった事が今でも忘れられないとYさんは言います。

しかし、施設で子ども達と時間をかけて接していく内に、徐々に会話が出来るようになり、

いつしか無表情だった子どもが笑顔を返してくれるようになると、「これまでの苦労が報われたような気がした」と当時の心情を話してくれました。

 

●原点は中学時代のいじめ

 

Yさんが福祉の仕事をしようと思った原点は中学時代。

同級生の女子生徒が障がい者で、彼女を複数の男子生徒がいじめる現場を目撃。

その執拗さに耐え切れず、先生にすぐ報告しました。その後、休み時間のたびに先生がその女子を見に来るようになり、いじめは無くなりました。そして、泣く事が多かった女子でしたが、その後、笑顔が見られるようになり本当に良かったと感じたそうです。

その後も、学生生活でいじめを目撃した時にはなるべく止めるようになったYさん。

弱者や障がい者の笑顔が増えるたびYさん自身も喜びを感じるようになり「障がい者を守りたい」という意識に変わっていったと言います。

 

●転機は突然

養護施設の子ども達と寝食を共にした生活は10年間に及びました。

しかし、その生活に突然転機が訪れました。

事業所の意向で調理場が閉鎖され、また自身のお子さんが発達障がいだった事もあり、

退職を決意。

福祉の事業所で1年半勤めた後、今年8月リアンに入社しました。

 

●パソコンに四苦八苦

リアンでのYさんの主な仕事は、休業中の為に在宅で訓練を続ける利用者さんの健康状態や、訓練の進捗状況を電話で聞き取る事です。

利用者さんと直接会えない今、メールのやり取りなどでパソコンの前に座る事が多いYさん。

これまで人と関わる資格は数多く取得したYさんでしたが、パソコンでのデスク業務やメール操作が苦手。

最初の頃はエクセルなどの操作に手間取り、「苦労しました」と正直に話してくれました。

ただパソコンに弱い事で利用者さんからアドバイスをもらったり、逆に同じように操作が苦手な利用者さんに教えたりして

コミュニケーションに役立った事もあり思わぬ効果も。

 

●長引く在宅、支援の難しさ

在宅での訓練が長引く事で、利用者さんによっては

在宅に慣れてしまい、「通所はもうしたくない」と訴える方がいると言います。

そういう方には、来年4月から始まる予定の通所業務を念頭に、

通所の頻度を毎日ではなく、週に1度から始めて少しずつ新生活に慣れていくようアドバイスしていると言います。

 

●速く利用者さんに会いたい

 

電話支援が中心の仕事が続く中、

「利用者さんと対面で支援出来ないのが辛い」と言います。

Yさんの願いは、1日でも早く利用者さんと直接会って、悩みを聞き、作業のサポートをする中で、一人でも多く一般就労に繋がるよう支援する事だと言います。

長い間人との関わりの中で、仕事をしてきたYさん。

相手が子どもから障がい者に変わろうと人とのコミュニケーションという意味では同じ。

今は塞ぎがちな利用者さんでも、

対面で向き合うようになると「必ず笑顔を見せてくれるようになる」とYさんは自信を覗かせました。

 

文責 北村誠一 (広報担当)

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